Wat00348 「科学と報道」27 体外受精<その6> 代理母

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科学朝日3月号に掲載された、
「科学と報道」27 体外受精<その6>代理母 です。
#344の続きになります。

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コラム [科学と報道] 27

体外受精 <その6> 代理母

柴田鉄治        朝日新聞出版局次長/しばた・てつじ

 体外受精は卵管に異常のある不妊の女性に対する治療法として発展して
きたものだが、体外で受精した受精卵を子宮に戻して着床させられるなら、
別の女性の子宮に着床させて育てることも可能ではないか。それを「借り
腹」とか「貸し子宮」とか「代理母」とか呼んで、体外受精の「きわどさ」
を象徴するものとして論議されてきた。世界発の体外受精児が1978年
に生まれてから、いや、正確にいえば、生まれる前から論議の対象として
報道されてきたといって良い。
 最初は論議の対象にすぎなかった代理母も、やがて現実のものになって
いく。体外受精児の誕生には慎重な姿勢をとり、英、豪より一歩遅れた米
国が「代理母」では断然、独走する。少なくとも報道に現れた面ではそう
である。
 米国での代理母の動きが、日本の新聞にも報じられるようになったのは、
80年代に入ってからで、最初は「子供が出来ない夫婦のために“代理出
産”を引き受けてくれませんか」という広告が米国の新聞に載り、それに
応募者も現れたという小さな記事だった。広告主は仲介者の弁護士で、い
うなれば代理母のあっせん業が生まれたわけである。そして、80年11
月に、その第1号が誕生すると米国内でも賛否両論が渦巻き、日本のマス
コミにも大きく報じられるようになった。
このときの「代理母」は、厳密にいうと、体外受精ではない。不妊の妻の
代わりに、別の女性が夫の精子で人工受精をうけ、子供を運で依頼主に渡
すという形で、これは夫に原因のある不妊の夫婦に別の男性の精子を用い
る非配偶者間人工受精(AID)の卵子版ともいうべきものだ。技術的に
は体外受精のような難しさはないが、このような社会的に問題のある行為
が堂々と登場してきた背景には、体外受精が現実のものになったという社
会状況があったことは間違いない。
 それに、なんでもビジネスにしてしまう米国社会の特質が加わって、代
理母のあっせん業が生まれてきたものと思われる。ちょうどそのころ、ノー
ベル賞受賞学者らの精子を集めた「精子銀行」が出現したといった話題が
報道をにぎわしたのも、共通する社会基盤があったからだろう。

     米でトラブル続出、裁判ざたに

 代理母の報酬は、約1万ドルで、この金銭のやりとりが米国でもさまざ
まな論議を呼んだ。「まるで人身売買ではないか」という強い反対論もあっ
て、禁止すべきだという運動を起こした人たちもいる。一方、推進側は、
依頼人も代理母も仲介者もみんな納得して契約を結んだのだから問題ない
と、いかにも「契約社会」の米国らしい論理で突き進む。
 日本の新聞にも、「『おなか貸します』大繁盛」とか「隠れた急成長産
業」とか報じられるほど、米国の代理母は広がって行くが、ケースがふえ
れば当然、トラブルもふえてくる。トラブルが起これば「訴訟社会」の米
国では、すぐに裁判ざたになる。そして裁判報道というかたちで大々的に
報じられ、さらに社会の注目を集める。 代理母第1号から半年とたたな
い81年3月、こんな記事が日本の新聞に大きく載った。
「人工受精の『契約ベビー』
 代理ママ、心がわり
 出産直前に『私の子ヨ』
 突然母性にめざめ米国で裁判に」
 83年1月には、こんな記事も載る。「代理出産トラブル、隠れた成長
産業に落とし穴、誕生した障害児、父と“実母”引き取り拒む」。これは
生まれた子どもが小頭症だったため、双方とも引き取ろうとせず、治療の
必要な赤ちゃんをどうするか裁判所に持ち込まれたケースである。
 代理母をめぐる裁判ざたとしては、86年から87年にかけて争われた
「ベビーM事件」が名高い。この事件は、代理母が赤ちゃんを依頼主にいっ
たん渡したあと、取り返し、報酬の受け取りも拒否。依頼主は裁判所から
返還命令を取り付けて警官まで動員して追跡、連れ戻した。それに対して
代理母が再返還を求める訴えを起こしたもので、赤ちゃんに双方が別々の
名前を付けていたため、裁判では「ベビーM」と呼んで進められた。
 この事件は、赤ちゃんを双方で奪い合う「活劇」もあり、化学者と小児
科医夫妻の「豊かな依頼主」と「貧しい代理母」という典型的図式もから
んで、注目を集め、日本の新聞にもしばしば報じられた。いかに注目され
たかはこの事件の出版・映画化権を売ろうとした代理母に、依頼主が待っ
たをかける一幕まであったことが、如実に物語っている。
 裁判の結果も二転三転、一審判決では「代理母契約は有効」とされたが、
州最高裁では「金銭による養子縁組、幼児売買を禁止した州法に反し無効」
となった。ただし、養育権は一審通り依頼主に認め、代理母には訪問権を
認める裁定を下している。
 技術が進んで、受精卵を第三者の子宮に着床させられるようになって紛
争も複雑になった。昨年、米ロサンゼルスで起こった裁判は、その象徴的
なケースである。不妊の夫婦の体外受精卵を子宮に移して赤ちゃんを出産
した代理母が、親権の確認を求めて起こした訴訟で、遺伝的には何のつな
がりもない、代理母の親権がどうなるのか、注目を集めた。昨年10月に
出た一審判決では、代理母の親権は認められず、受精卵の親に認めている。

     「対岸の火事」ではすまない日本

 振り返って日本はどうか、体外受精をめぐる日本産科婦人科学会の統一
基準でも、又、各医療機関の倫理委員会が出している見解でも、代理母は
認めておらず、日本で広がりそうな様子はない。それに、米国のようにド
ライに割り切れない日本の風土に、代理母はなじまない面もある。
 しかし、だからといって「対岸の火事」ですむとも思えない。一般に、
米国で盛んになった社会現象は何年か遅れて必ず日本にも現れるといわれ
ている。それに、人間の欲望には限りがなく、「技術の独り歩き」に歯止
めをかけることは難しいことだからである。
 現に、日本の体外受精も、83年の第1号誕生のころより一段階ステッ
プが上がって、凍結受精卵を使った体外受精児が89年末から千葉や山形
で次々と生まれている。凍結受精卵は、生命の「時間」を止める技術で、
これによって可能性がぐんと広がる。
 これと代理母が組み合わされると応用範囲はさらに広がって、これまで
SFの世界だったことが現実のものになってくる。事実、オーストラリア
からは飛行機事故で亡くなった夫婦の凍結受精卵が残されていて、これを
どうするか州議会で議論されたとか、南アフリカからは、不妊の娘に代わっ
て母親が代理母を務めたややこしいケース、米国からは、凍結受精卵の所
有権をめぐって離婚した夫婦が争った裁判のニュースなどが、日本にも伝
わってきた。
 日本では代理母は認められていないから心配ない、というだけではすま
ない時代で、社会的な歯止めを常にしっかりしたものにしておく必要があ
ろう。もう一つ、難しい課題は、外国に出て代理母を利用しようという日
本人をどう考えるか、という問題である。昨年、NHKの特集番組などで
そのような日本人がかなりいることが伝えられ、米国のあっせん業者の話
として、すでに何人か生まれていることも報じられて、大きな衝撃を与え
た。さらに、順番を待っている人も少なくない、といわれる。
 体外受精が進み、外国人の代理母でも文字通りおなかを借りるだけで、
遺伝的には自分の子どもを持てるようになってきたため、抵抗感も減って
きて、これから希望者が増えてくることも予想される。科学報道も、ます
ます難しい時代を迎えたようである。


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写真説明

●受精卵の親たちに「親権」
不妊の夫婦の体外受精卵を子宮に移して赤ちゃんを出産した代理母が、親
権の確認を求めて起こした米ロサンゼルスでの裁判で、1990年10月、
産みの親の代理母には親権を認めない一審判決が出た。親権を認められ、
喜ぶ「受精卵の親たち」