Wat00340 「科学と報道」24 「体外受精<その3>幻の・

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しばらく中断していた「科学と報道」の掲載を再開します。
科学朝日12月号の「科学と報道」24、「体外受精<その3>幻の
第2号」です。#311の続きになります。

ご感想などを関連発言にお寄せいただければさいわいです。

                           管理人


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コラム [科学と報道] 24

体外受精 <その3> 幻の第2号

柴田鉄冶      朝日新聞出版局次長/しばた・てつじ


 世界初の体外受精児、ルイーズちゃんが英国で生まれてから2カ月余り
たった1978年10月5日、インドのカルカッタで第2号の女児が誕生
した、とインド国営通信が伝えた。スパシュ・ムケルジー博士、パタチャ
リア博士、スニット・ムケルジー博士の3人が、ひそかに研究を進めてい
たもので、女の子は3350グラム、帝王切開で、生まれたという。
 このニュースは、日本では10月6日の夕刊に、「体外受精児に“妹”」
と報じられた。が、記事のなかに、英国で誕生した体外受精児第1号とほ
ぼ同じ方法が採用されたとあったせいか、それほど大きな扱いではなかっ
た。
 ところが、翌7日の朝日新聞の朝刊は、このニュースの続報を1面トッ
プに据えた。英国と同じ方法ではなく、冷凍の受精卵を使ったという新し
い情報が加わったからである。ちょっと珍しい続報の特ダネとなった。
 カルカッタの医師団が、受精卵を75時間後に凍結して53日間保存し
たあと子宮に戻した、と発表したのをニューデリーの特派員がキャッチし
たのだ。それに本社の科学部記者が補足取材してその意味あいを強調し、
堂々たるトップ記事に仕立てたわけである。前文にこんな文句がある。
「この方法を利用すれば、『受精卵銀行』も可能になり、自分の死後、だ
れかに自分の子どもを産んでもらうことすらできる……」
 他の新聞も、もちろん同日の夕刊で、このニュースを追った。ほとんど
の新聞が、あと追い報道にもかかわらず、1面トップに扱ったのは、この
ニュースのもつ将来への社会的影響の大きさを考えた結果だといえよう。
 その後、この女の子はドルガちゃんと名づけられたこと、受精卵は、培
養器ごと液体窒素の中に沈めて保存したこと、などと続報がつづく。ドル
ガちゃんの写真や両親の談話なども報じられた。
 このニュースに疑問を抱いた人はごく一部の専門家を除き、ほとんどい
なかったはずである。

     誤報だったインドの冷凍卵

 ところが、それから約2カ月後、カルカッタ発の短い外電が関係者をアッ
と驚かせた。外電は「インドで誕生した体外受精児は本物かどうか、ベン
ガル州政府の依頼で調べていた専門家委員会は『この赤ちゃんが体外受精
によって生まれた、という研究者たちの主張は信用できない』との結論を
下し、同州厚相から州議会に提出された」という内容だった。
 朝日新聞の科学部では、大騒ぎになった。実は、このニュースに最初か
らクビをひねっていた科学記者がいたのである。この記者の疑問は、当の
ムケルジー博士らに、学会や専門誌に発表された体外受精に関する研究の
実績がなにもないということだった。
 生まれてきた赤ちゃんが体外受精によるものかどうか判別する方法はな
い。長年子どもができなかった夫婦に突然できることも珍しくないのだら
か、疑えばいつでも疑えるわけだ。ただ、英国のエドワーズ、ステプトー
両博士の場合は、学会誌などにきちんと発表してきた10余年の研究実績
があり、疑問の余地はなかった。インドの場合は、それがなかったのであ
る。クビをかしげた科学記者は、冷凍受精卵を使ったという特ダネ記事に
「事実とすれば」という文句を入れようとまで主張した。
 一方、その疑問に対して反論があった。インドの科学技術は、全体とし
ては遅れていても、優れた部分では世界でも突出したレベルにある。第一、
ウソの発表をするなら、3人の学者が名をつらねることはないはずだ。英
国の場合と同じ産婦人科医と生理学者の組み合わせに、もう1人、食品工
学専攻の冷凍の専門家が加わっているのも、自然なことである。発表され
た研究実績がないといっても、ヒンズー教の社会では不妊をめぐるタブー
が多く、公表しにくい事情があったのではないか、といった意見である。
 結局、カルカッタ大学教授という社会的地位もあり、英国にも留学した
研究実績もあるムケルジー博士らの発表を信用しようということで、先の
報道のとなった経緯があっただけに、外電の伝えた事実のショックは大き
かった。しかし、だからといって調査委員会の報告の方が正しいという保
証もない。朝日新聞として真偽を追跡しようと、まず、ニューデリーの特
派員がスパシュ・ムケルジー博士に直撃インタビューをした。
 79年2月初めの紙面に載った博士との一問一答は、ざっとこんな調子
である。問「調査委員会の『信用できない』との結論をどうみますか」答
「科学の研究に政府が調査委員会を作って介入するということはこれまで
聞いたことがありません」問「インチキ説の大きな理由となっているのは
近代的医学研究器具のないインドで、精巧な技術を必要とする体外受精が
出来るわけがないというものですが」答「そういう考えの中には、すべて
の科学の進歩には、高度な機械が必要だという誤った信仰があります。必
要なのは日夜を問わない長年の努力です」
 当時を振り返って、特派員はいま、こう語っている。「博士の自宅は、
上流階級らしい立派な家で、博士の態度もウソを言っているようにはみえ
なかった。ただ、共同研究者の2人が沈黙を守り、2人になかなか会わせ
てくれないのは変だなと思った」
 さらに1カ月後、たまたまほかの仕事でインドに出張した別の科学記者
が、博士を自宅に訪ねた。研究室を見たいと希望すると、博士は「よろし
い。あす一緒に行きましょう」と約束。翌日訪ねると、もう出かけてしまっ
た、とはぐらかされ、「疑問が強まった」という一幕もあった。
 そして同年10月6日、第一報からちょうど1年目の朝日新聞に「イン
ドの体外受精は幻?」という見出しの記事が載った。「ウソだと断定する
根拠はないが、1年間正式な論文の発表もなく、いまではだれも信じてい
ない」という内容で、一連の報道に対する一応の決着をつけたわけである。

     必要な「誤報」の後始末

 それからさらに1年半後の81年6月、カルカッタ発の外電は、スパシュ
・ムケルジー博士が自殺したことを報じた。インドの体外受精児が幻だっ
たことは決定的になったが、「なぜそんなウソを」というナゾは、そのま
ま残った。
 当時の特派員は「不妊治療として『何か』をしたのだろうが、社会に公
表できない何らかの事情があり、体外受精に乗ったのではないか」と推測
する。一方、最初からクビをかしげていた科学記者は、その後のムケルジー
博士との接点を踏まえて、「博士は大変な英国嫌いだった。英国の体外受
精の成功に、強烈な対抗意識を燃やしたのではないか」と推量している。
 本当の動機はわからないが、いずれにせよ、インドの体外受精は誤報と
なったわけである。一般に、科学や技術の最先端の分野で、当事者の発表
したニュースの真偽を即座に判断することは、極めて難しい。疑うことは
大事だが、疑いすぎてもいけない。そうなれば、報道の責任として最も大
事なことは、きちんと追跡取材をし、続報をしっかり書くことであろう。
 「インドの体外受精」で朝日新聞は、追跡調査し、まがりなりにも後始
末をしたが、他の大半の新聞は、1面トップの報道のまま、後始末はなかっ
た。科学報道に限ったことではないが、科学報道の場合は、後始末の続報
がひときわ必要なことを、あらためて教えてくれた「事件」だった。


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写真説明

        ●幻の体外受精児第2号
        英国のルイーズちゃんに続いて、インドのカルカッタで体
        外受精第2号の女児が誕生した、と報じられ、写真も発表
        された。しかも、冷凍受精卵を使ったということで大ニュ
        ースとなったが、結局、事実でないと判断された。(19
        78年10月6日)


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この話、とっても面白いです。
TERA


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会社の図書室から科学朝日12月号を捜し出して読みました。

 真実を報道しようとする「記者の良心」とその熱意に文字どおり
有難いものを痛感しました。

 また、自殺した博士には「研究者の良心」がまだあったのでしょうね。
体外授精というテーマの流れを通じて「良心」と「良心」の物語が
綴られているように思います。

 私も研究者の端くれとして「研究の良心」を大切にして、
自殺する事なく長生きしたいものだと、つくづく感じております。

                たまには真面目に考える ひろりん