Wat00159 人間の体内時計は25時間?

#0000 sci2596  8903080545

 ■ 楠田枝里子「気分はサイエンス」解題1

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        |  以下の議論は 160 行にわたりますのでご注意下さい   |
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                                                                Kennywell

#0001 sci2596  8903080547

 楠田枝里子「気分はサイエンス」(文春文庫,1989)に,「1日は25時間?」と
いう1節がありました.人間が日常のリズムと隔絶して単独生活を行なうと,その
リズムはどうなるのか?という問題です.有名な実験が3例ほど言及されていまし
た.1つは地下洞窟で2カ月にわたる単独生活を続けた例,他は女性単独生活の実
験と学生をひとりずつ防音装置をほどこした地下室に隔離した実験です.

  これらに共通の結果は,寝起き,体温,ホルモンなどの変化がほぼ25時間周期を
示した,ということでした.

 このエッセイの落ちは,人間の体内時計は25時間なので,1日1時間ずつズレを
蓄積している.従って日曜日に昼過ぎまで寝ているのはこのズレを取り戻している
のだ,ということでした.

 さて,最初にこれを読んだとき,次のようなことを考えました.地球の自転は25
時間周期だったが,段々早くなって,現在24時間になったのではないか.―――人
間の体内時計ができ上がった時代に(これは必ずしも人間においてではなく,進化
上もっと祖先の形の時代であってもかまわないのだが)自転周期が25時間だったの
ではないだろうか?

 しかし基調 #122 関連で話題になったように,地球の自転周期は反対に,古来次
第に長くなって来ており,現在も少しずつ遅れている(くわしくは #122 関連を見
られたい).2億年前のほ乳類の祖先は,1日23時間を経験していた.従って,上の
ようなフリーランニング実験(恒常条件下での実験)で自転周期より長いリズムが
観察されたからといって,それを上で考えたように進化上の自転周期に帰すること
はできない.むしろ,少なくとも現在の自転周期よりも短い周期で確立したであろ
う体内時計が,現在の周期で支障なく機能していることを考慮すべきではないか?

 なぜ自転周期よりも長いリズムが,恒常条件下で観察されるのであろうか?

 太田次郎「人間の生物学」(NHK,1985)に「ヒトの体内時計」という1節があり,
そこに西ドイツのアショフの行なった,「気分はサイエンス」にも引用されていた
学生隔離実験が取り挙げられているが,なぜ25時間周期を示したのかは不明と述べ
られている.桑原万寿太郎「動物の体内時計」(岩波新書, 1966)にも,この,ア
ショフの実験が詳しく説明されているが,25時間周期の理由については触れられて
いない.

 このようなことを考え,うちの研究室にアルバイトで来ている明大の農学部の学
生 N君をつかまえて議論をしていたら,先日,彼が次のような情報を知らせてくれ
ました.

 新聞に載っていたらしいが(先輩の話で),外国で,画家が30カ月位,外部のリ
ズムとできるだけ隔絶した生活を行なってリズムの変化を観察している例があり,
それによると生活リズムが24時間から次第に長くなって行き,現在30時間に近くな
っている,というのです.

 そういえば,前掲書の実験は長いもので2カ月であり,有名なアショフの実験も
長くて19日である.2年,3年といった長期間の記録ではない.そこで,桑原万寿
太郎(1966)にアショフの実験データが詳しい値とともに紹介されているので,こ
れを,実験中の繰り返し周期の数と,目覚めまたは就眠周期(時間)との関係とみ
て,グラフ化し,相関係数を計算してみました.予想されることは,実験の繰り返
し周期の多いものほど,周期の長さは長くなっている.つまり正の相関が得られる
のではないか,ということです(図1).

  (時間)      図1.人間の体内時計(アショフの実験)

     26 +--#-------------------------------------------------o#-+
          |  o                                                    |
          |                           o                           |
  目      |  o    o                                               |
  覚      |        #                  #                           |
  め      |  #    o#                                              |
  ・   25 +                                                       +
  就      |  o                                                    |
   眠      |       o#                                  o : 目覚め  |
   周      |  #                                        # : 就眠    |
   期      |                                                       |
           |                                                       |
        24 +--+----+----+----+----+----+----+----+----+----+----+--+
              7    8                  12                       17

                     実験中繰り返した周期の数

 相関を取るにはデータ数が少なく危険ですが,その危険を覚悟で相関係数を計算
してみると,目覚めの場合が +0.55,就眠が +0.47 で,いずれも 5% レベルで有意
ではありません.しかしわずかながら正の相関があるにはあります.12の周期と17
の周期が1点のみであり,しかも 7 や 8 でのばらつきの範囲内ですので,正の相
関の傾向ということすらいうには危険ですが...この繰り返しの周期をもっと増
やした場合の変化を知る必要があるでしょう.

 さて,体内時計に関する考察を進めるに当たり,まずこの性質を明らかにしてお
く必要があります.佐々木(昆虫の測時機構,「昆虫学最近の進歩」,東大出版会,
1981)は,体内時計の同調因子として,最重要なものは光であるとし,光による位
相決定の特性を8点にわたって概説していますが,そのうち本題に関係する点を見
てみます.恒常条件下でのフリーランニングリズムについては,その周期は遺伝的
に決っているが,長短や個体差の範囲は種によって異なる.照度によっても一定の
影響を受ける.恒常条件下に振動が可能な日数は数カ月におよぶものから1,2日
で不明瞭となるものまであるということです.さらに,一定の明期に異なる長さの
暗期を組み合わせるとき,固有周期の整数倍の場合に共鳴効果が現われるという実
験で,リズムが特定できるということ.また振動体が2つ以上あると考えられるこ
と(消灯信号で始動する振動体やマスター振動体の存在).振動体の性質は与えら
れる条件によって変えられる,といった点があります.

 ここで注意しなければならないのは恒常条件下でのフリーランニングリズムの固
有周期(τ)は種に固有であり,それが遺伝的に決まっている,と述べられている
点です.本題での25時間というのがまさにヒトの場合のτに相当します.しかし恒
常条件下に移された短期間の観察で見られた位相のずれが,遺伝的であるからとい
って,それを体内時計の固有周期としてよいかどうか疑問を感じます.例えば,τ
の変化が図2のようになっていたとしたらどうでしょうか? つまり,フリーラン
ニング開始後しばらくは25時間の平均値

(時間)          図2.τの変化予想図
                                                      漸近線
     +-------------------------------------------------------+
       |                                         **************| ↑
       |                              *************************|
      |                    ***********************************|ばらつき
       |             ******************************************|
       |      *************************************************| ↓
    25 +  *********************                                |
       |***********                                            |
    24 +***----------------------------------------------------+
       |**                                                     |
       |                                                       |
       |                                                       |
      +--+----+----+----+----+----+----+----+----+----+----+--+
         ↑
 フリーランニング開始
                              → 期 間

を示すが,徐々に延ばされて行き,平衡に達する.厳密には平衡に達したところを
固有周期としなければならないのではないかと思います.

 以上のことから次のような考察を行ないました.

 体内時計が内因性のものであることは,上述恒常条件下でのフリーランニング実
験等で明かであるが,体内時計そのものの形成は地球の自転周期が原因となって行
なわれたと考えられる.昼夜という,明暗・温度変化等の下,それにあったリズム
を取る個体が淘汰され,体内時計が形作られた.ところが体内時計がもともと外界
の変化に即応した機構を持っていたため,外界の変化がなくなると,体内時計を進
めるトリガー(引金)を失い,周期が,生理的な限界まで,延ばされてしまう.そ
こで,恒常的条件におかれると,体内時計は生理的な限界まで延ばされた周期を示
すことになってしまい,その条件に長く置かれると,その限界も次第に長く延ばさ
れて行く.しかしいくら延ばされたといっても,起きていられる時間,内分泌反応
の遅延時間には限界がある.永遠に延びるというのではなく,自ずとその延ばされ
る限界というものもあるのではないか?

 上で固有周期(τ)というのは,いわばトリガーを失った体内時計の単なる遅延
反応に過ぎないと思われますがどうでしょうか? さらに上述した平衡周期を用い
て,例えば共鳴効果を調べても,必ずしも共鳴はみられないのではないかと思われ
ます.つまり体内時計は現在の周期から遠く離れた値にはすぐには順応できない.

 前掲書に挙げられた諸例は,自転周期と同じ周期を持った体内時計がトリガーを
失ったときの生理的限界の順応過程を示すもので,「気分はサイエンス」の1節で
の落ちに述べられているような,本・来・25時間,というのは正しくないのではな
いだろうか,と考えられます(落ちは落ちとして楽しむ気持ちはありますが...).

 なお,新聞に載っていたという,30カ月の体内時計観察例は,朝日新聞ではない
のでしょうか? 先週の朝日の記事では,記事ダイジェストが,Nifty-Serve,マス
ターネット,PC-VAN,他1ネットで供給されるということでしたが,どれにも加入
していないため,調べるすべがありません.問題の新聞記事は今年の2月中のもの
らしいです.どなたかご存じないでしょうか?

 また体内時計については,有名な,千葉喜彦「生物時計」(岩波,1975)やE.ビ
ュニング「生理時計」(古谷ら訳,学会出版センター,1977),D.S.ソンダース「
生物リズム学入門」(宇尾淳子訳,理工学社,1978)等,いずれも手元になく,か
つ読んでいないため,これらに上述の問題がどのように解説されているか,非常に
興味のあるところです.
                                                            Kennywell

#0002 sci2596  8903080549

 ■ ラットの概日周期
 千葉(概日系としての動物,「病態生理」2(7):719-724,1983)によると,Fish
er ratでは,恒暗環境下でτはいったん長くなって行き(24.4h),200日目頃から
逆に短くなって行く.恒暗化開始直後の増加は明暗サイクルのafter-effectが次第
に消えて行く過程であり,短くなる理由は,加齢が関係している可能性があるとい
う.ラットは人間に比べると寿命が短く(数年),長期間の観察では加齢の効果は
大きく出て来ると思われます.
 千葉氏が挙げられているFisher ratのτは24.19hであり,図から判断すると暗環
境にした直後の20日間の平均です.20日間の間でも次第に長くなっているのではな
いかと思われますが,そのどこを固有周期と言われるのか疑問を感じます.
                                                                 Kennywell

#0003 sci2596  8910190416

  大野 乾(1988)が,最近の著書「生命の誕生と進化」(東大出版会)の中
で,生物時計の分子レベルでの考察を行なっている(p.25-28).

 それによると,生物時計は,生物が時間を測る機構として必須のものである
から,生命誕生後まもなく存在を確立したとしている.概日周期といっても最
小の単位は4時間位で,生命誕生当時の地球の1日は4時間の長さであったと
いう説も引用している.

 そして細胞が時間を測るのに利用する特定の単位の正確な繰り返し構造とし
て,生命創生期初代の遺伝子のうち時間計測用のものがあったと考え,キイロ
ショウジョウバエのper遺伝子の塩基配列(Shinら 1985)に関する考察を行な
っている.そのアミノ酸配列の基本構造はほぼThr-Glyのダイペプチドで,塩基
配列では第3塩基の保存性が高く,ACAGGCという特定の塩基の保存性が高いこ
とから,時間計測の単位はアミノ酸ではなく,塩基配列ではないかと推測して
いる.

  さて,データが乏しいために,大野氏が疑問を投げかける形で書いている部
分が多く,基調発言への手がかりがあまりない.

  生命誕生当時(約35億年前)の地球の自転周期は,基調No.122関連の表から
計算して4.35時間という値が得られることから納得しておく.

  この最小時間単位という考えだと,概日周期はこの整数倍により呼応するの
ではないかと予想される.例えば5時間であれば25時間とか30時間である.

  遺伝子の周期構造が具体的に時間計測に用いられる機構は不明である.科学
朝日'89-8月号,千葉喜彦「生物の測時機構を司るものは何か」には,キイロシ
ョウジョウバエのper遺伝子産物に相当する合成ペプチドを用いた蛍光抗体法に
よる研究結果が紹介されているが,さらに深い研究が待たれるようである.
                                                         Kennywell

#0004 kimot    8910191056

Kennywelさま
 どうも、弊誌の記事を紹介していただきまして、恐縮して
おります。
 小生も不勉強で細かいことはよく知りませんが、70年代の
はじめあたりに、遺伝子を翻訳・転写する速度に、生物時計
の安定性をみるような説があったと思います。これは、「ク
ロノン」とか仮称される特定の仮想的な配列を読むことが、
概日リズムの基本だと考えるものだったかと思います。ただ、
根拠に乏しかったためか、生物学における時間研究の中では
主流とはなってこなかったようです。
 perをはじめ、基礎的な研究に期待したいです。
                  木元・拝

#0005 ultra7   8910191926

 私は、昔、ゴキブリのサーカデイアン・リズムについて、
 ゴキちゃんの頭の中に、振動子がふたつあって、このふたつの
 間のうなりで、リズムが生まれるという、怪しい理論を聞いた
 ことがあります。

 ultraのコンジン

#0006 sci1050  8910211123

        ゴキブリって昼でも夜でも活動していますが,体内時計がずれている
        んでしょうか?

        人間は昼夜逆転を体に覚えさせてやるとそうなります.
        そしてまた戻してやるとそれになるようです.

        どっちにしても12時に寝て7時に起きるというパタ−ンが私には
        良いようです.

        昔ウルトラアイで洞窟に1週間ぐらいこもって(時計無しで)思った
        時間に寝て起きて 体の時間を調べるなんてやっていました.
        結果は時計とはある程度ずれていたような...

        ささべ

#0007 sci2596  8911010913

  先週はアップできませんでした.
  古い基調ですが,RESどうもありがとうございました.

  >ultraのコンジン さま
  関連でも触れましたが,体内時計の振動体に2種類以上あるというのは,例
えば消灯信号に対してのみ反応するもの,あるいは反対に点灯信号に対しての
み,というように,実験条件に対する反応の仕方を説明付けるものとして,考
えられているのではないかと思います(「振動体」という呼び名すら実体は不
明ではないでしょうか? 言葉通り,振動している証拠はあるのかどうか).

  >木元さま
  体内時計の研究は,精密・多岐にわたっているようでして,ミクロなレベル
で,生化学反応の制御というのは,根本的なところなのでしょうね.

  >ささべさま
  体内時計のずれについては,いろいろな問題が未解決のようですが.
                                                        Kennywell