Wat00130 「科学と報道」3科学朝日3月号より転載 管理人

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科学朝日連載コラム「科学と報道」(3月号)を関連発言に掲載します。
今回のタイトルは「スモン=ウイルス説」(全文100行)。

なお、科学朝日の前号は ”前代未聞”の売行きで各地で売り切れが続出、
来週の紙面広告では異例の「完売御礼」が出るそうです。
これも、ひとえに、みなさまのご支援の賜もの……ありがとうございました。

                        管理人   馬上

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コラム「科学と報道」その3                    朝日新聞出版局次長 柴田鉄治

 スモン=ウイルス説

 スモンをめぐる一連の報道のなかで、大きな波紋を投じ、のちのちまで論議を呼ん
だ一本の記事がある。1970年2月6日付の朝日新聞朝刊一面トップに載った「特
ダネ」記事である。

 「スモン病、ウイルス感染説強まる
  患者から新型検出、血清試験でも裏付け
            治療法確立に朗報」

 記事は、スモンの原因究明にあたっていた京大ウイルス研究所の井上幸重助教授が、
患者から多量の新しいウイルスを発見、そのウイルスを実験動物に「接種」したとこ
ろ、細胞に明らかな変化が起こった、という内容である。
 断定こそ避けているが、「血清中和テストでも、『犯人』と決めつけるのに十分な
結果が出た」「この発見により、ウイルスが原因の感染説はほぼゆるがないものにな
った」などと記されている。厚生省スモン調査研究協議会会長の「これまでのうちで
最も有力な成果ではないか」という談話も添えられており、記事の派手な扱いともあ
いまって、「これで決まり」といった感じがにじみ出ている記事だった。

 見出しの「朗報」とは裏腹に、この記事がスモン患者やその家族たちに与えた衝撃
は大きかった。それまでにも伝染病の疑いがもたれ、患者や家族は、周囲の冷たい目
に苦しんできたが、この記事で「ああ、やっぱり」と、いっそう絶望感を深くしたよ
うである。治療法もない難病を苦に、自殺する人も少なくなかったが、この記事が出
たあとも自殺者がつづいた。

 その後、ウイルス説は一転、キノホルムによる薬害へとかわる。そうなると、今度
は「あの記事は誤報だったのではないか」「患者のうけた苦しみをどうしてくれるの
だ」といった、非難の声がごうごうとわき起こった。
 スモンの会全国連絡協議会が編集した『薬害スモン全史』(全3巻)には、この記
事の写真が大きく掲載され、この報道がどれだけ患者に衝撃を与えたかを、患者や家
族の証言で綴っている。

 伝染病から一転、薬害へ

 この記事は、どんな状況のなかで生まれたのか。
 激しい腹痛と下痢につづいて、足先からしびれがはじまり、マヒや失明をおこすと
いう奇病が、社会的な関心を集めたのは、64年の東京オリンピックのころからであ
る。ボートコースがある埼玉県戸田町周辺で患者が多発し、朝日新聞が「五輪ボート
コース付近にマヒの奇病続発」と報じたのが、開幕目前の7月24日だった。
 この奇病は、戸田町だけでなく、北海道、山形、長野、徳島、福岡など全国各地で
集団的に発生していることがわかり、SMON(亜急性・せき髄・視神経・神経症)
と名づけられる。厚生省では、研究班を組織して、原因の究明にかかるが、なかなか
進展せず、患者だけがますます増えていく。

 まず疑われたのは、伝染病である。地域的にまとまって発生していること、同じ家
族のなかから何人もの患者が出ていることなど、伝染病を思わせる状況証拠がそろっ
ていたからだ。疫学でいう「地域集積性」「家族集積性」である。
 報道のうえでも、最初から伝染病の疑いが指摘され、さらに66年1月には「スモ
ン病、伝染性とほぼわかる」という報道まで登場する。長野県の病院で、3人の患者
が入院したあと、同じ病棟の別の患者9人が発病、さらに治療にあたった医師2人、
その家族からも患者が出たことから確認された、というのである。

 しかし、病原体というキメ手が見つからない。そのため、伝染性を否定する見方も
一方に根強くあって、ある種のビタミン欠乏症ではないか、とか、水俣病のような中
毒症ではないか、さらには栄養代謝障害説、アレルギー説なども飛びかった。
 とはいえ、やはり感染説が学界の大勢であり、時がたつにつれ、新しい種類のウイ
ルスが原因では、という見方が有力になっていく。内科学会や伝染病学会で、ウイル
ス説を発表する学者もふえ、神経学会ではスモンを「伝染性せき髄炎」と呼ぼうとい
う提言までなされた。
 井上ウイルス説は、こうした状況のなかで登場したのである。「ああ、やっぱり」
とうけとめられたのも無理はない。しかも、その4カ月後には、ウイルスの電子顕微
鏡写真まで報道されている。

 ところが、このあと、意外な展開をする。患者の特徴の一つとされていた緑舌、緑
便、緑尿の分析から、キノホルムが急浮上する。これが、どれほど意外なことだった
か、この事実を最初に報じた毎日新聞の記事に「患者にしばしばみられる緑舌、緑便
は、薬の副作用で、病気とは関係ないことがはっきりした」と記されていることから
も明らかだろう。 キノホルムを追跡して、患者の発生と相関関係があると初めて指
摘した新潟大、椿忠雄教授の警告を、最初に報道した朝日新聞の記事も、井上ウイル
ス説とは比較にならないほど地味な扱いだった。
 ウイルス説、キノホルム説が拮抗するなかで、厚生省は、70年9月、キノホルム
の販売・使用中止の英断を下す。それをきっかけに患者が激減、しだいに学界もキノ
ホルム説に傾いてきて、72年3月、スモン調査研究協議会が最終結論を出した。

 「一面トップ」が間違い

 こうみてくると、井上ウイルス説の報道は、けっして「突出」したものではなく、
自然の流れのなかにあったといっても過言ではない。それなのに、なぜ、あれほど非
難を浴びたのか。
 完全に確認されていなかった事実を報じたこと自体がけしからんという声もあるが、
それは違う。結果はともかく、あの時点では明らかにニュースであり、確認されてな
いといっても「疑わしきは報ずる」が、サリドマイド事件の教訓だったはずである。
 では、記事の書き方に問題があったのか。たしかに、断定的に書きすぎているきら
いはあるが、見出しが断定を避けているので、それほど大きな欠陥ともいい難い。
 この報道の最大の問題点は、「一面トップ」という扱いにあったのではないか。こ
の記事が社会面や、一面でも「囲み記事」のような扱いだったら、おそらく非難され
ることはなかったろう。

 いうまでもなく、ニュース価値は相対的なもので、大ニュースが殺到すれば扱いは
小さくなるし、何もなければつまらぬニュースでも一面トップになる。それは読者も
わかっていて、見なれている政治や経済などのニュースなら、「きょうは、たいした
ニュースはないな」ですんでしまう。
 だが、科学ニュースは違う。読者は文字通り大ニュースとうけとめてしまうのだ。
それに、題字わきの一面トップは、新聞社が太鼓判を押したような印象まで加わる。
 これは、医学記事だけでなく、新発見、新発明といった科学ニュースでも同様だろ
う。「明るい話題だから派手にいこう」では、読者をミスリードすることになる。
 どんな分野の報道でも、適正な価値判断は必要だが、科学報道の場合、それがひと
きわ重要なことを、スモン報道は教えてくれた。

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