Wat00041 新人記者とカルチャーショック

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新人記者とカルチャーショック
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 このシリーズ第3回は、極めて私的な新人時代の体験記です。こ
のボードで、どなたかから「スーパー記者養成計画」を書いていた
だけると予告されたので、楽しみにしていたのですが、なかなか現
れません。それでは、というので、現実がどれくらい泥臭いか、ぶ
ちまけてしまおう−−とのイジワルです。これを読めば、スーパー
記者なんていう発想が霧散してしまうでしょう。
 なお、わたし以外の記者の方は、もっとスマートで、洗練された
新人記者教育を受けられたかもしれませんから、これはあくまで極
私的です。念のため。




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わたしの新人時代は2回ありました
                   by 大阪科学部・団藤

 わたしは、ソアラという車が、どうも好きになれません。「NA
VI」というクルマの雑誌に、この「高価」国産高級車のはしり、
ソアラについての面白い統計が載っていました。ソアラ2代目発売
の86年春に比べ、この88年夏には売れ行きが全国平均で半分に
落ちました。その中で、売れ行きがあまり落ちていないのが千葉、
茨城、埼玉など、がたんと落ちたのが青森、北海道、高知など。雑
誌の分析は、大都市でも落ちているのに、その周辺部で売れ続けて
いる現状に焦点を当てていました。「高級」という価値観が多様に
ある大都市では、もはや高級車として耐えられないのに、周辺部で
は高級車として安心して買われていると。しかし、わたしは、売れ
ていない地域に注目します。ここはお金が無い地域だからか。そう
は思いません。特に、青森と高知には、皆さんが想像もしない共通
点があります。新人記者修行に欠かせない「サツ回り(警察担当)」
の最もやりにくい県が、このふたつだといいます。そして、わた
しは高知で実質的な新人時代を過ごしたのです。変なイントロを振
ってしまいましたが、わたしが経験したカルチャーショックの旅に
ご一緒下さい。
 朝日の場合、新人は原則として東京本社が一括採用し、名古屋、
大阪、西部(北九州)の各本社に適当に(何かのアルゴリズムはあ
るのでしょう)配属します。それから、各本社はまた適当に各地の
支局に配属して、新人記者修行がスタートします。このとき、出身
県には出さないのが原則です。それが、私の場合、ちょっとした人
事の手違いで、東京で6年間の学生生活をした後、まず、出身の岡
山支局に赴任してしまったのです。初めて行った支局で、一部にせ
よ先輩よりも土地の事情に通じているなんていうのは、いけません
ね。おまけに、直接、間接の知り合いが多すぎます。新鮮で無さ過
ぎました。
 とりあえず、ここでサツ回りを1年5カ月続けました。岡山県は
全国的にみて平均的な規模であり、自治省の元事務次官が知事をし
ているという事情もあったのか、役所の運営などいろいろなものが
「標準的」とされる県です。岡山では毎晩のように飲み歩いたりし
て、随分無茶もしました。未明にアパートに戻って、気が付けば、
もう陽は高く、慌てて岡山西署の仲良しの次長に「すみませんが・
・・」と電話すると、「大丈夫。あんたの持場の東署や南署の方も
夕刊に出るような事件事故はないようだよ」と言われ、ほっと。ま
あ、これは一度きりでしたが・・・。
 そして、異例に短期間で高知支局に転勤です。だから、わたしに
は新人時代が2度あったと思っています。高知でもサツ回りを始め
て、愕然とします。毎朝、警察署に行って、発生した事件、事故を
まずおさえるのが、仕事の第一歩なのです。岡山では簡単でした。
署の次長の所に、規格化された広報用の報告が集まっているからで
す。高知では、まず、その報告がありません。やむなく、刑事一課、
二課、防犯、交通・・・と各課を回ります。それも課長をつかまえ
ればオーケーという甘いものではありません。各課に何人もいる係
長に聞かないと十分な情報にならないのです。でも、これだけのこ
となら愕然とはしません。
 ちゃんと顔を合わせて、「昨晩は、事件はありませんでしたか」
と尋ねたのに、教えてくれない刑事さんがいるのです。各課を回り
終わって、県警本部に詰めているサツキャップに「特別なものはあ
りません」と電話連絡すると、「こんな事件があったろう」と問い
返される。「そんな」と、階段を駆け上がって、当の係長に問い詰
めると、「おまんが、もうちっくと、ここにいたら、教えようと思
うたけんど」ときます。岡山と違って、二日酔の朝、次長に電話し
てもどうにもならない訳です。警察内部でも、かなり下部への分権
が強いようです。日常の取材ですらこの有り様ですから、特ダネを
狙おうという取材はもっと大変です。同じころ新人になった地元出
身の地元テレビ記者ですら、まず署内に遠縁でもいいから親戚はい
ないか、と探していました。われわれには、もちろん親戚はありま
せん。
 次にびっくりしたのは、火事場です。火事は写真が第一、記事は
消防に聞けば、簡単に書ける−−これが常識です。岡山なら、火事
現場に突っ込むと消防の指揮車を探します。車の側面にホワイトボ
ードが掲げられて、出火時刻などがもう書き込まれ始め、いろいろ
なデータが分かり次第追加されていきます。いい写真を撮るのが一
番になれる訳です。ところが、高知では、指揮車のそばにいても何
も分かりません。もちろん、締め切りが終わってしまうまででも待
てれば、情報が集まりますが、無意味です。ではどうするか。集ま
った各社の記者が共同で現場周辺で聞き込みを始めます。出火現場
はどこか、だれの家か、家族はどうして逃げたか、出火の状況は・
・・聞いて回ります。一息つくと、各社集合して、情報を交換、記
事として書くための最低限のものを確保します。何のことはない。
高知では、記者が聞き込みして回った状況を、警察、消防の調べと
して、支局に電話で送ってしまいます。往々にして、それが紙面に
出ます。
 岡山では「大阪紙」くらいに言われたものが、高知では、朝日新
聞は「県外紙」と呼ばれます。地元の高知新聞以外はどれも同じで
す。この言葉を始めてわたしに浴びせたのは、なんと20歳代の若
い女性でした。ある警察署で、事故の取材をしようとしたとき、た
またま現場を見たのが、署の交通巡視員だと分かりました。そこで
たずねて行くと、「県外紙には言われん」とぴしゃっとやられまし
た。高知新聞は、能力のある記者をけっこう多く抱えた良質の地方
紙だと思います。おまけに、「県紙」を大事にしようとするこの地
元意識。ある先輩は「ひとつなぐったら(特ダネを抜くと)、ぽか
ぽかと5つ6つなぐり返される」と表現しました。これだけのハン
ディキャップを背負っての記者修行が、高知では今でも現実だと思
います。昨年秋、新人の半年研修で大阪本社に来た、高知支局の記
者に聞いた限りでは、事情はそう激変していないようでした。
 新人は田舎から、より都会へと転勤するのが普通のパターンです。
逆コースを経験したために、わたしのカルチャーショックは普通以
上に強烈になってしまいました。新人記者修行は、こうしたカルチ
ャーショックを織り込んだものだと思います。東京だけで生まれ育
った人には、「岡山」がなくても同じでしょう。そのカルチャーシ
ョックをきっかけにして、われわれは、いろいろなものを見、人を
知り、ダウン・トゥー・アースな生き様を学びます。次回は、土佐
の人と風土について書いてみましょう。このネットへの積極的なか
かわりは、9月末までと決めているので、もうあまり多くは語れな
いでしょうが。




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団藤さん
 笑いこけながら読んでしまいました。県外紙という言葉は私も初めて聞きました。
まあ、こんまい記事は地元紙に任せておけばいいんでしょうが、つらかったでしょう
ね。免許の更新以外はなるべくお世話にならないように気をつけていたつもりですが、
先日、右折禁止違反で捕まってしまいました。「いごつ」の虫を起こさないように従
順に対応しましたが、向こうも最後に「気をつけて」なんて、気をつかっていました。
 サイエンス記事について、「地元紙」もけっこう頑張ってます。「共同」の記事を
そのまま載せるのでしょうが、朝日が週2回半面に対して週1回1面、大きい分だけ
解説などには朝日の説明不足を補っていることもあります。だいぶ前ですが、フロン
の代替品にフロン?の時は、地元新聞で仕入れた知識だったのですよ。ネイチャーに
日本人の記事が載るときはかなりこまめに出てきます。記事の価値判断を権威ある科
学雑誌に委ねるところなどは、なかなかにくい技です。
 マスコミの地元指向というのは、どこでもあるんじゃないですか。ある日本人が、
ネイチャーにでた、米国研究機関の求人広告を見て、照会したら、ヨーロッパ人を取
りたいのだと返事が返ってきたそうです。ネイチャーはヨーロッパの「地元誌」、サ
イエンスは米国の「地元誌」というような色分けが科学の世界にも存在するようです。
Tokio




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 ちょっと種明しをすると、「ネイチャー」に日本人の論文が出るときには、
サービスで教えてもらえるんですよ。

 高知からのアクセスが、Tokioさんしか居ないと分かっているので、
このシリーズ、書き易かったな。いろいろと時効になっていない問題もあっ
てぼかしましたが・・・。

 伊勢海老のフルコース、貝類の海賊焼き、ゲテモノふんだんのジンギスカ
ン屋さん−−が、高知時代に、遠方からお客さんが来た場合に連れて行く所
でした。菊地さん、ご興味があれば、オフラインでお教えしますよ。もっと
も有名な店も混じっているので、蛇足の情報になるかも。まあ、間違っても
観光客向けの「高級」料理店には行かないことです。     (団藤)