Tec00020 企画記事シリーズ「脳の生理:母性と暴力」

#0000 dando    9205231322

ちょっと昔の記事ですが、ニフティで新設したホームパーティ用に
入力したので、こちらにも掲示します。大阪科学部時代の初期の
仕事です・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・dando


#0001 dando    9205231324

 ==============「心のデザイン」第6部 働く脳物質 から==============
      (「母性行動」と「隔離が生む暴力」を載せます)
<<母性行動>>
 処女ネズミのそばに、生まれたばかりの赤ちゃんネズミを置く。一週間近く
いっしょにいると、処女ネズミはまるで自分が母親であるかのように、体を丸
めて赤ちゃんを抱きかかえる。
 この不思議を解くために、もう半世紀にわたってさまざまな実験が繰り返さ
れてきた。お産直後の雌ネズミと処女ネズミの血液を交換すると、処女ネズミ
に母性行動が現れるまでの時間が十分の一ぐらいに短くなる。血液の中に何か
があるはずだ。
 性や出産に関係するいろいろなホルモンが調べられた。決定打は出なかった。
ところが、米ノースカロライナ大のグループが1979年、長い間のナゾを解
いた。母性行動は「オキシトシン」というホルモンが引き金になっていたのだ。
このホルモンは脳下垂体から分泌される。お乳を出させ、子宮を収縮させるの
で、産婦人科では陣痛を起こさせる薬としても使われる。これまでは脳から血
管を通じて乳房や子宮に働くだけだと思われていた。
 同グループは、母性行動を、<1>赤ちゃんを集める<2>赤ちゃんをなめる<3>
体を丸めて抱く<4>紙切れで巣をつくる<5>赤ちゃんを引き離すと連れ戻す−−
の5項目で判定した。オキシトシンを脳内に注入すると、処女ネズミの46%
が2時間以内に5点満点の「母親」になった。雌性ホルモンであらかじめ発情
させておくと、満点組は85%にも増えた。オキシトシンが製造工場の視床下
部から脳下垂体−血管というルートばかりでなく、直接脳内にも出ていき、母
性行動を引き起こしていたのだ。
 このホルモンは授乳、出産、母性行動と、全部女性に関係している。それで
は男で分泌されているのは何をしているのだろう。その答えとして、伊藤真次・
北大名誉教授(生理学)はオランダ・ユトレヒト大のグループが進めている記
憶の研究をあげた。バソプレシンという物質が記憶をよくするという話は以前
に触れた。オキシトシンは逆に忘れさせる方に働くらしいのだ。
 明暗二つの部屋を作り、ネズミを明るい部屋に入れると、明るいところが嫌
いなネズミは暗い部屋に逃げ込む。そこで暗い部屋の床に電気を流して一度ショ
ックを与えると、ネズミはショックを恐れてなかなか暗い部屋に入らなくなる。
同グループはためらい時間が長いほど、電気ショックの記憶が強いと考えた。
ショックの直後にオキシトシンとバソプレシン、それに比較のために食塩水を
脳内に入れたネズミで一日後、記憶実験をした。その結果はオキシトシンを入
れたネズミのためらい時間は食塩水組の半分で、ショックを忘れており、バソ
プレシンを入れたネズミは逆に食塩水組の二倍というほど、ショックを覚えて
いた。
 しかし、その後の研究で話はさらに複雑になる。オキシトシンは記憶を作る
ことは阻むものの、一度できた記憶を思い出す作用が強そうなことが分かって
きた。老人性痴呆症患者の脳内では記憶をよくするバソプレシンが減っていた
と京大神経内科などから報告が出る一方で、血液中のオキシトシンも少なかっ
たというデータがある。
 オキシトシンとバソプレシンはどちらもアミノ酸がわずか9個でできた小蛋
白質で、二つのアミノ酸しか違わない兄弟関係にある。下等な動物のバソトシ
ンというホルモンが、哺乳類に進化したときに二つに分化したらしい。二つの
アミノ酸の差が、哺乳類の記憶に多彩な変化をつけた。
 子を思うあまり、わき目もふらず子育てに専念する母の愛。その裏側では余
分なことを忘れさせるオキシトシンが働いているのかもしれない。


<<隔離が生む暴力>>
 川崎市で1980年に起きた金属バット殺人事件の判決が84年4月に言い
渡され、両親を殺した元予備校生は懲役13年の実刑に服した。
 世に大きな衝撃を与えた事件の原因は何であったのか。二浪生活での不安、
家族へのひけ目、自分の城への逃避。そして盗みや飲酒をとがめられ、父親か
ら「出ていけ」と言われた、膨れ上がった憎悪・・・。
 「心の病気ではなく被告の激情にかられての犯行だ」と断じた判決も、両親
撲殺にまで暴走した心の動きを十分に解き明かせなかった。元予備校生自身「な
ぜあんなことをしたのかを考えたが、今でも分からない」と法廷で述べた。
 仲間に対する攻撃は、友情と裏腹の関係にあるとする説もあるが、人間だれ
でもにひそむ暴力について、現在、脳の科学はほとんど語ってくれない。しか
し、動物が攻撃行動する時に、脳内で何が起きているのかを描く力は持ち始め
た。
 乳離れしたばかりのネズミを数週間仲間から離して育てると、かなりの割合
で攻撃的な性格になる。普通ならばそんなことをしないシロネズミでも、隔離
しておくと同じ檻に入れた小型のハツカネズミをかみ殺してしまう。シロネズ
ミ同士にすると猛然と戦う。
 佐賀県東部の東背振村にある国立肥前療養所の内村英幸所長(精神医学)の
グループは、ネズミの脳で起こる物質の変化を調べている。内村さんらの道具
は、かみそりの刃をペンチで細かく砕いてガラス管の先に植え込んだマイクロ
ナイフと、頭髪をループ状にしてやはりガラス管の先端に付けた「フォーク」
だ。摘出した脳を凍結、まずカミソリで1ミリの数十分の一に薄く切って真空
乾燥する。それを顕微鏡で見ながら、特製のナイフとフォークで、嗅覚を中心
に、必要な部分を切り分けていく。
 ネズミは、仲間がいるかどうかを嗅覚で見分ける。鼻でとらえた仲間の情報
は、まず脳の前部に突き出た嗅球という部分に入り、その後ろにある嗅結節と
呼ぶ神経細胞の塊を経て大脳前部に届く。情報が伝わるといっても、神経細胞
のつなぎ目にわずかなすき間があり、一方の細胞からいろいろな物質が放出さ
れて、それを次の細胞が受け取ることで信号が伝わっていく。この物質を神経
伝達物質と呼ぶ。
 「隔離ネズミは嗅結節で神経伝達物質が増産され、異常な興奮状態になって
いる。ネズミは嗅覚を頼りに生きる動物なのに、仲間から離されたために、入っ
てくるはずのにおいが来ないので、嗅球に『早く情報を送れ』と懸命に催促し
ているようだ」と内村さん。
 情報を総合的に判断する大脳前部も興奮状態にある。また、嗅覚の神経経路
や周辺の神経細胞は、情報が来るのを、いまかいまかと待ち構えている。隔離
が続くと、この異常な状態が保たれる。そこにハツカネズミや仲間(シロネズ
ミ)が現れると、嗅覚系は新しい刺激で火がついたように活動を始め、普通の
ネズミに比べて神経伝達物質を2倍も放出する神経が現れる。異常な攻撃行動
への暴走である。
 阪大人間科学部の糸魚川直祐教授(比較行動学)はニホンザルで隔離飼育の
実験を続けている。霊長類のサルが仲間を確認するのは、目で見ることと、皮
膚の触れ合いだ。「この二つを絶って隔離飼育すると、半数以上は攻撃的にな
る。人間なら小学校高学年にあたる2、3歳まで隔離し続けると元に戻りにく
い。そうしたサルを数匹いっしょにすると、殺し合いを続ける」という。
 サル以上に高度化した人間でも、仲間と生活するために欠かせぬ感覚情報が
あるはずだ。荒れる学校などの暴力的な世相をみると、何かを得られぬいらだ
ちが見え隠れする。


#0002 sci6407  9206151513

「隔離」というのは、けっこうしんどい話題ですね。サルの話が出
てきたから、ひとつ、コメントを。

サルの「隔離」実験は、日本では糸魚川さんのところで研究されて
いますが、アメリカでは、ハーローをはじめ、多くの心理学者が手
がけました。それらの結果を総合すれば、要するに、赤ん坊のころ
から母親や遊び仲間といっさいつきあわないで育つと、まともな社
会生活が送れなくなる、ということです。

「まともな社会生活」とは、仲間とうまく協調していくことです。
隔離ザルは、性的に成熟して性的衝動があっても、どう異性とつき
あっていいかわからず、交尾ができません。そして、記事にもある
ように、仲よくすべき異性を攻撃したりもします。

記事にもありますが、「隔離」と「攻撃」には相関があるようです。
でも、たぶん、直接的な因果関係はありません。攻撃自体は、正常
な社会交渉でも機能しているのです。また、「隔離」実験は、あく
まで異常な処置をとったときの「異常な行動」の研究であって、何
が「正常な行動」にするのかを示唆しません。

dando さんは、学校での暴力の「隔離」との関連を推測させる形で
記事をまとめておられますが、これはレトリックでしょうね。新聞
という大衆メディアだから許される表現なんだと、妙に感心しまし
た。

「荒れる学校などの暴力的な世相をみると、何かを得られぬいらだ
ちが見え隠れする。」

のは、その通りだと思うし、とても重要な社会問題ですが、「隔離」
との関係は、ちょっとこじつけではないかな?

                                    Alopex


#0003 dando    9206261702

 忙しすぎて、随分立ち入らなかったので、失礼しました。

 「レトリック」というのは正解ですが、とにかく、正常な場合で
こんなふうに調べられているケースがないのだから仕方ないという
ところでしょう。

 そういう前提で考えてみると、なにやら「うかがわせる」ものが
あるのではありませんかネー。

 人間でも、見るここと触れることは、原初的なところで意味があり
そうな感じもしますし・・・・・・・・・・・・・・・・dando


#0004 sci6407  9207201321

dando さん・・・・

ぼくの方も忙しくて、しばらく立ち入れませんでした。

「「レトリック」というのは正解ですが、とにかく、正常な場合で
こんなふうに調べられているケースがないのだから仕方ないという
ところでしょう。」

まあ、そうでしょうね。

「そういう前提で考えてみると、なにやら「うかがわせる」ものが
あるのではありませんかネー。」

ニホンザルは、ヒトの近縁種とはいっても3000万年以上昔に分
岐しているし、社会のしくみもまるでちがいます。だから、もう少
し人間の行動発達についての研究がなければ、そのデータから「う
かがい知る」ことは、なかなか難しいと思います。ニホンザルでは、
人間以上に社会的な調整が難しいので、おそらく、隔離の影響は大
きくなるだろうと考えています。
 なんにせよ、ヒト以外の動物の研究成果をヒトの行動の解釈に使
うときには、その有効度をちゃんと見きわめる必要があるでしょう。

「人間でも、見るここと触れることは、原初的なところで意味があ
りそうな感じもしますし」

それは、ぼくもそのとおりだと思います。とりわけ接触が重要視さ
れているようです。ただ、糸魚川さんたちの研究を過小評価するつ
もりはありませんが、この「感じ」と、隔離ザルの実験とは、また、
べつな問題です。


dando さんの記事を読んで少し気になったのは、「攻撃」が「異常」
であるかのように読み取れるところです。人間の社会では、「暴力」
はなくすべきものかもしれません。でも、動物にとってみれば、自
分と他人の関係を調整するひとつの手だてです。テナガザルなら、
自分のなわばりを維持するのに不可欠なものだし、ニホンザルやチ
ンパンジーなら、集団生活で自分の個性を伸ばすための重要な要素
です。だからこそ、そのための武器である「犬歯」が発達している
のです。(犬歯は仲間とのけんか用で、食肉類とはちがい、捕食者
に対してはほとんど効果がありません)。

攻撃は、社会の仕組みと密接に結びついて機能しているのですから、
攻撃だけを社会からえぐり出してしまおうとするのは、むずかしい。
 攻撃しかしない動物は、共存できません。一方、群れるイワシは、
共存しても「けんか」をしません。そのかわり、個性もない。人間
が社会的に生きていくためには、「けんか」も必要だと思います。

人間は、ぼくの見解では、かなり小さなグループで暮らしてきた長
い歴史があって、大きな集団での個体関係を調節する心理的な機構
の進化がたち遅れています。そういう意味で、「暴力」をうまく使
いこなすことが不得手なように思えます。

ただ、人間は、生物学の原理だけでは生きていない。それが、人間
の生物としての欠陥です。もし、生物学の原理が、人間の行動原理
より普遍性をもっているなら、人間は滅亡するでしょう。

暴力のない世界をつくることはできないと思いますが、暴力をコン
トロールすることはできます。それが、人間の生存にとって「吉」
なのか「凶」なのか、だれも知りません。

                                    Alopex


#0005 dando    9207211539

 「暴力」が人間という生物種にとって何か、これは哲学的な
展開になってきました。とりあえず、#4には脱帽です。

 で、確かにそうてすね、人間は社会的生き物といいながら、社会
を組み立てる原理をもっていなくて、転び転び、組み上げては壊して
きたのが歴史ですよね。

 それと、わたしたちの脳内の構造との関係が見えて来るのは、
いつのことになるのか・・・・・・・・・・・・・・dando


#0006 sci6407  9207271457

dando さん、

「哲学的」というのは、大げさだなー。

どんな学問でも、「なんのために研究するのか」というところで、
個人の哲学があるはずでしょ。そして、霊長類学者も、それぞれに、
自分の思想を模索しているのです。

「攻撃」は、いまも昔も霊長類学のテーマのひとつで、いろんな概
念が提出されています。ぼくの考えは、それほど正統的なものでは
ありません。

ダーウィニズムは、生物の攻撃について説明しながら、また同時に
共存をも説明します。現在の霊長類学は、それまでの「攻撃」一辺
倒の理論構築から、より現実をふまえた「共存」を考慮した方向に
進んでいます。そういう意味で、ぼくの考えも、異端ではなさそう
です。

脳内の構造とか機能が見えると、思考する存在が理解できるのかど
うかは、いっこうに解決されない命題ですね。

脳には細胞構築の微細柱状構造が見いだされて、研究が活気づいて
います。あるいは、核磁気共鳴などの技術で、かなりの精度でリア
ルタイムに神経活動が追えるようにもなりました。ある遺伝子の機
能を破壊すると、ある種の学習に影響があるなどといった、遺伝子
レベルでの行動の研究も出てきました。脳内の活性物質も、数多く
見つかっています。
 さて、これらは人間を理解するためのすばらしい展開なのでしょ
うか? もう少しで脳を理解できるようになるのでしょうか?

ある大学で霊長類学の講義をしたとき、学生から、「人間のDNA
がすべて解析されたら人類学はおしまいではないでしょうか」とい
う質問を受けました。人類学とはなにかにもよりますが、まさか、
と答えました。

dando さんは、「もの」にこだわる方のようです。(より分析的な
方法を評価するのは、科学の常道ですが)。では、これにはどうお
答になりますか。

                                    Alopex


#0007 dando    9208032220

 人間のDNAが全部解明されたら、人類学はおしまいか?

 こういう設問なら、自信をもって答えられますよ。否です。

 いろいろな説明が出来ます。例えば、人間を組み立ている多様さに
比較して、ヒトDNAの多様さは少なすぎる−−つまり、DNAという魔法
の呪文だけでは足りなくて、何倍にも働かせる呪文が隠れている
らしいとかいうこと。

 では、それをも解明したらどうなるのか。

 でも、そんな構造の解明では、生き物は相手にしきれないようです。
時間軸上をどんどん変転推移して行く、生き物の中の「物質世界」は
ある時点の構造を解明しても、解ききれないもののようです。少なくとも
DNAの側から、そうした生化学者の先端の意識に至ることは考えられ
ません。

 ところで、わたしはMRIなどでの脳の物質変動を調べる試みについては
ほとんど期待していません。現状では、物珍しい遊びの領域でしょう。

 期待外れの回答だったかな。


#0008 sci7157  9208101419

>dandoさん、Alopexさん
いやーお二人の論議、拝閲させていただきました。随分実りあるお話ですね。
dandoさんのおっしゃる通り「人類学」の終焉なんて、私もあるわけないと思います
じつは、わたしが今空想しているのは、自分が人類以外の存在(それは別に有機物
でなくてもよい)になるとして、どのような存在の仕方があるか、という事です。
しかし、誤解しないで下さい。私はそういう空想を楽しんでしているのではなく、
私が人間だから、人間としての思考の方法しか持ち合わせてないので、そうするん
であって、・・・でも再度誤解しないで下さい、その他の存在の仕方、考え方が
あるからといって、そうしたいのじゃーなくて、・・・要するに、それ以外にない
のだから、そうする’しか’ないだろ〜なー、ということなのです。

私事ですが、この間まで、私は自分が神になろうと努力(といっても空想だけ)
していました。でも、論理的には可能と思ったんですが、物理的には無理がある
らしいことが、わかって諦めました。これは、思い返しても、残念な試みでした。

それで、御両人にお願いですが、私の(SCI7157)「交流談話室」基調2099
「存在について」及び基調1804「人間の頭脳が2進法であることについて」を
お読みになって、(ここの基調と多少接触するところもあるので)御感想をこちら
の関連にお書きいただけないでしょうか?・・・
私もお二人のお話になるところのものは、非常に興味がありますので。
ーーー突然ですが、よろしくお願いします。     (SCI7157、ネット名 X)