Gen00556 「科学と報道」11 原子力<その8>世論 #0000 kita 8910092303 科学朝日に連載中の「科学と報道」(11月号)を関連発言に掲載します。 「原子力」シリーズの8回目は世論の動向 KITA−2 #0001 kita 8910092306 コラム[科学と報道]11 原子力<その8>世論 柴田鉄治 朝日新聞出版局次長/しばた・てつじ 原子力発電に対して国民の意識はどうかわってきたか−−朝日新聞社が1978 年以来、約10年間にわたり、同じ質問の世論調査を繰り返して、その動向をさぐっ たデータがある。世論調査で、いわゆる「定点観測」と呼ばれる手法だ。その質問 とは「あなたは、これからのエネルギー源として、原子力発電を推進することに賛 成ですか、反対ですか」。 結果は、つぎのグラフの通りである。グラフからも明らかなように、原発をめぐ る国民の意識は、この10年間に大きく変わってきた。いや、単に変わってきたと いうような生やさしい状況ではなく、「地殻変動が起こった」とでも言った方がい い激変ぶりである。 ■原発に対する世論の動向 朝日新聞の世論調査から(数字は%) ○:原発推進に賛成 ●:反対 (%) 62 60├ 55 ○ 56 55 │ ○ 50 ○ ○ 50├ ○ 47 46 │ ○ 41 ● 40├ ● │ ○ 30├ ● ● ● 34 ○ │ ● 29 ● 29 32 29 20├ 23 ● 25 │ 21 // 0└──┴─┴─┴──┴──┴─────┴───┴────┴─ 調 78 79 79 80 81 84 86 88 査 年 年 年 年 年 年 年 年 年 12 6 12 12 12 12 8 9 月 月 月 月 月 月 月 月 月 まず、78年の調査では、賛成55%、反対23%、残りの22%は「分からな い」と答えた人たちである。55対23という比率は、ざっと7対3だといえる。 これ以前の「定点観測」はないので、推測するほかないが、これまでみてきた通 り、原子力開発の始まった54年から60年代までは、“賛成一色”で、ほとんど 反対意見はみられなかった。それが、70年代に入り、公害・環境問題の深刻化と ともに、反対意見が噴出して、世論に大きな亀裂が生じる。とはいっても、70年 代の動向は、だいたい7対3くらいで推移したのではなかろうか。 グラフに戻って、79年6月の調査では、賛成が5%減り、反対が6%増えてい る。これは、いうまでもなく、同年3月に起こった米スリーマイル島事故の影響だ ろう。この5%増減を大きいとみるか、それほどでもないとみるか。 興味深いのは、その半年後の79年12月の調査では、また、元に戻っているこ とだ。賛成62%、反対21%と、1年前の調査以上に賛否の差が広がったのは、 おそらく、その間に再び深刻化した第二次石油危機の影響だろう。 このように、原発に対する世論の動きは、事故とエネルギー危機との“綱引き” といった側面がみられる。それはともかく、80年、81年と7対3比率が続き、 84年には6対4と接近した後、チェルノブイリ事故直後の86年に逆転、88年 さらに差が広がった。 チェルノブイリ事故で逆転  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 原発をめぐる世論調査ではこの質問以外にもいろいろ尋ねており、さまざまな国 民意識が浮かび上がっている。例えば、「いま、あなたが住んでいる近くに原子力 発電所がつくられることになったら、賛成しますか。反対しますか」という問いが ある。78年調査では、賛成23%、反対60%だった。原発推進への賛否とちょ うど逆の比率になっていた。 二つの問いを重ねあわせて分析すると、「原発推進にも、近くにも賛成」の人が 22%、「推進には賛成だが、近くには反対」の人が24%、「どちらも反対」の 人が23%と、ほぼ三等分されることが分かった。この「三等分構造」はしばらく 続くが、チェルノブイリ事故以後はバランスが大きく崩れて、いまや「どちらも反 対」がふくれあがってしまった。 また、「今後原子力発電は、技術と管理しだいで安全なものにできると思うか。 それとも、人の手に負えない危険性があると思うか」という設問がある。スリーマ イル島直後の調査では、「安全なものにできる」52%、「手に負えない」33% と、まだ楽観派が多かったのが、チェルノブイリ以後は86年調査で37%対47 %と悲観派の方が多くなり、88年調査では32%対56%といっそう差がひらい た。原発に対する国民の疑問は、かなり根元的なところまで広がってきたようであ る。 一方、終始、比率の変わらなかった設問もある。日本でも大事故が起こるおそれ があるかどうかというテーマである。 スリーマイル島事故直後の調査では、「日本でも、付近の住民がよそへ避難する ような原子力発電所の事故が起こるおそれがあると思うか」という質問で、「起き る」67%、「起きない」16%という回答を得た。チェルノブイリ以降は「日本 の原子力発電所で、大事故が起きるという不安を感じるか」と設問が少し変わった が、答えは86年調査で「起きる」67%、「起きない」23%、88年調査で6 2%−30%とほぼ同じ比率だった。 「米ソで起きたのだから、やがて日本でも」と考えたのだろうと想像できるが、必 ずしもそうではない。前者の調査で、スリーマイル島で事故が起きたことを知らな かった人たちの答えも、ほぼ同じ比率に分かれたからである。 つまり、推進側がいくら安全性を強調しても、国民は、絶対安全なんてあり得な い、いつかは事故も起こるだろうととっくに見抜いていたことを示している。 ところで、原発をめぐる世論調査でのきわだった特徴は、男女差がきわめて大き いことである。どの設問でも、男性は肯定的、女性は否定的傾向が強く、その差は 平均して10%前後もある。 原発推進への賛否でも、時にその差は20%にも及ぶ。78年調査では、原発推 進に男性は賛成68%−反対17%、女性は43%−28%である。賛否が逆転し たチェルノブイリ直後の調査でも、一歩踏み込んでみると、男性は賛成47%−反 対38%とまだ賛成の方が多く、女性の23%−48%の強い反対が全体を反対多 数に引っ張っていたことがわかる。 ところが、最新の88年調査では、男性も賛成38%−反対41%と、反対の方 が多くなった。女性の21%−51%という大差ともあいまって、全体の賛否も四 対六と大きく開いたわけである。 科学技術への不安が背後に  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ なぜ、このような「地殻変動」が起こったのだろうか。理由の一つはチェルノブ イリ事故のひどさである。死亡者の数、避難住民の多さ、それに、乳製品や農産物 などの食品汚染がある。他国の事故とはいっても、食品汚染という形で被害が直接 身近に降りかかったところが、スリーマイル島事故とは決定的に違う点だ。 しかし、それだけでは、日本での事故も予想してクールに反応してきた国民の意 識が「地殻変動」を起こすとは考えにくい。これはあくまで推測だが、他に二つほ ど理由が考えられる。 一つは、原子力が、廃棄物処理の難しさや核兵器技術との共通性など、ほかの技 術とは本質的に違う弱点を持っていることが、国民の間にしだいに浸透してきたか らではないか。原子力は「人の手に負えない危険性がある」とみる人が増えたのは、 その表れだともいえよう。 もう一つは、科学技術の進歩に対する漠然とした不安感が国民の間に広がってき たことがあげられよう。というのは、チェルノブイリで賛否が逆転する前に、その 兆しともいうべき賛否接近の動きが表れている。その間には、事故などは起こって いないのに……。 この間の変化の手がかりを他の設問でさぐってみると、81年調査と84年調査 の間で、「科学技術がどんどん進むことに不安を感じますか」との問いに「感じる」 と答えた人が50%から60%に増えた、という事実がある。時期的にみて、進歩 は、遺伝子操作など生命科学の分野で著しかったはずだが、いずれにせよ、科学技 術の進歩に対する未来への不安感が、原子力にはねかえっているように思えてなら ない。