Gen00399 危険な話の誤りの感想をどうぞ! 「誤り人」より #0000 sci1044 8812040005 危険な話の誤り−3をアップして於きました。 皆さんのご意見ご感想を宜しく願います。 では、失礼!! #0001 sci2014 8812050058 アーカイバで圧縮するとワープロ専用機ユーザーが困ると思います.アボート機能も ついたことですし、普通の文書の形式でいいと思います.ただ、発言をいくつかに分割 してアップされた方がいいかと思います。それから、基調発言に長い発言が入ると関 連発言が入る度によまされるので、基調発言は1−2行にして関連発言の#1 にアップ ししてはどうでしょうか. <<< sci2014 Jumbo >>> #0002 sci1019 8812050924 すみませんでした.ワープロ専用機の方のためにはアーカイバはダメですね.やはり. Jumboさんのおっしゃるやり方がベストでしょうね. ちなみに,私の運営している社内のBBSでは,パソコン通信を議論スタートの きっかけと考えて,メッセージは3行をめどにということを推奨しています. そうじゃないと,パソコン通信は 燃えつきます よ!! #0003 ultra 8812051256 原発コーナーには、初めて登場させてもらいます。このコーナー のお世話をしていた団藤がすでに「引退」しているので、私が少し 蛇足を書かせてもらいます。 まず、原発コーナーは、基本的に「関連発言なし」で書き込むこ とにしています。(コンセンサスがまだ完全にできていないようで す。#363の書き込みを見てください)。 前に同じミスをやってしまった私がいうのはおこがましいですが、 「基調発言が長い」という文句をレスポンスに書き込むこと自体が、 また長い基調発言を、読ますことになるわけですから、何かコメン トを書く人は、このコーナーに書き込んでください。 それから、私はあの多量の資料をアップされた「誤り人」さん( どうも、遅くればせながら初めまして!)の苦労を高く評価したい と思います。 反原発派だろうと、推進派だろうと、自由に論議をするのがこの コーナー、このネットの基本方針です。私にとっては、誤り人さん のアップ内容よりも、後のレスポンスをした人の「口汚い」雑言 の方が、ずっと読むのに耐えなかった。我々が、戦って行くべき敵 であるはずの「ファッショ」の臭いを身内に見てしまった思いで、 生理的なおぞけが走りました。 書き込み内容がなんであろうが、人の発言を正当な理由無しに封 じようとする態度の人に、反省を求めたい。「ほかに書け」とか騒 ぐ前に、書き込み内容について議論してください。 それから、レスポンスの内容で感じたのですが、この内容が「誤 り人さん自身」の意見だと、多分勘違いして「攻撃」しているので は、と感じましたがいかがですか。 このアップ内容は、誤り人さんのオリジナルでもなんでもなくて、 日本原子力文化振興財団が10月に出した、{「危険な話」の誤り (その3)}、そのものです。私も手元には持っていますが、基本 的には電力会社の部内資料的性格のもので、その意味では貴重な資 料提供といえます。お礼を言っても、文句を言う筋合いのものとは 思えません。 人の書き込みを「汚い」とする汚い書き込みに頭にきたウルトラ 久保田であった。 #0004 sci1009 8812061815 ごめんなさい、あっちの方にresしてしまいました。 長々と読まされた方、すみません。 やはりここは基調発言で話を進めていくということでいいんですね。 誤り人さん、ごくろうさまです。 感想を一言。 結局根本の「なぜいま原発が優先してつくられるのか」 に正面から答えるものではない。 あ、これは基調で書くべきか。 SCI1009:狩野 #0005 sci1003 8812071829 いまごろダウンロードしている私です.やっぱりこのボードも毎日見にこなくては いけませんね. ともあれ,これから読ませていただきます. RUKAS #0006 sci1223 8812131310 私も同じく、今ごろの口です。 「誤り人」さん、ご苦労様でした。サイエンスネットにもアボート機能が 付いた事だし、最初から原則基調発言のはずですから、長文のUP-LOADも かまわないのではないでしょうか。 ウルトラの父と同じく 怒れる ひらひら #0007 sci1080 8812140357 このパンフレットを始めとして、広瀬氏の批判をする人の多くは広瀬氏の発 言を「科学的ではない」ということが多いようです。文脈から考えると、「科 学的ではない」という言葉はどうやら「間違っている」あるいは「信頼できな い」と同義のようです。 「危険な話の誤り(3)」を読んで感じたことは、原発の推進側はずいぶん あせってるなあ、ということです。このシリーズの(1)(2)も、かなりな りふり構わぬ調子で、なんとかして「あの本に書かれていることはデタラメば かり」といったウワサを広めたがっているような印象を受けましたが、(3) では無理に「非科学的」な部分をあげつらおうとして、いくつかの箇所で自ら 墓穴を掘っているのが失笑ものでした。 「科学的」とは便利な言葉です。科学はひとつの方法論でしかありません。 「非科学的」であれば「真実ではない」というのであれば、それは偏狭な世界 観というべきです。 確かに広瀬氏の記述には納得できない部分も少なくありません。しかし、そ れでも彼が訴えようとしたことは真実でしょう。 このパンフレットの中に、「こんなこと書いていいのかなあ」と思うような ことはいくつかありますが、例えば以下の様なコメントは「科学的」でしょう か。 7.フィンランドの異常放射能 略 [コメント] 略 4.従って、このフィンランドで測定された異常放射能というのは、おそら く測定の誤りか、計器の異常と考えるのが妥当ではないでしょうか。 「科学」というのは、測定値を疑っていいのでしょうか? どんなに自分に 都合の悪いデータであっても、それが「科学的手続き」に基づいて測定された データである限り、妙な常識を介入させてはいけないはずです。 例えば、原発を運転している時に、鳴る筈の無い警報が鳴ったとします。そ のアラームと関連する他の計器は「異常なし」を表示していたとします。その とき「これは警報の誤りか、計器の異常と考えるべきだろう」とは、絶対考え てはならないはずです。 こういう発想が原発の「人間の操作上のミス」を誘発するわけです。もちろ ん、このパンフレットを書いた人が原発の運転をしている人ではないでしょう から、心配することはないのかもしれません。しかし、自分に都合の悪いデー タを測定の誤り、計器のミスと考えるのが妥当、などと臆面もなく書いて欲し くないわけです。この一文は、このパンフレットの信頼性を疑わせるのに十分 なものと考えます。少なくとも、本当に「科学的」であろうとする限り、この ようなことは書けないでしょう。そして、このような記述があるということは このパンフレットが「科学的批判」の仮面を被った単なる中傷文書でしかない とさえ思わせます。 ところで、思わず失笑の部分にこんなのがあります。 15.西独の汚染と推定死亡数の[コメント]の3.で、「このゴフマンの リスク評価は非科学的に過大すぎると言うのが定説になっています。」と書か れているのですが、「非科学的に」「過大」「すぎる」という表現にはゲラゲ ラ笑ってしまいました。普通、「・・・リスクの評価は非科学的です」とか 「・・は過大です」とか「大きすぎる」とか書くものですが、念には念を入れ て3つも余計な言葉を使って強調しているのですが、そう言いきる根拠もない ので「と言うのが定説」と書いて責任を回避してるのが、ほとんどギャグです。 もちろん、ここで使われている「非科学的に」という言葉は勇み足です。 ゴフマンのリスク評価が絶対であるとは言いませんが、どの学者のリスク評 価にしても、方法論的には対して変りないでしょう。前提の評価の仕方や、要 因の評価でさまざまな数値が出てくるはずです。 自分に都合の悪い学説は「非科学的」としてしまう感覚は、前の測定データ の取り扱い方法とも併せて、このパンフレットに共通した姿勢です。 まず初めに、自分達に都合の悪い主張をする広瀬氏が「非科学的」で「誤っ ている」ということを目的として書かれたパンフレットですから、当然かも知 れませんが。 というわけで、このパンフレットを読みながらあきれたり笑ったりしていた わけですが、気分を害するような部分もあります。 例えば、上のリスク評価に関しては、「検出可能であるほど有意な追加をも たらさない」と書かれています。また、その次の節では「この引き上げを十分 に考慮しても、自然発生するものに有意な追加をもたらさないとしているので す」と書かれています。また、最後の部分には、「チェルノブイリ事故により 癌で死亡するのは、自然発生で推定される死亡者数950万人に対し、これの 0.05%以下であり、人数にして約4750人以下と推定しています」と書 かれています。 この部分は、要するにチェルノブイリ事故の影響で癌や遺伝障害は確実に増 加すると書いてあるわけです。ただ、統計を取って計算すれば、増加するとい っても微々たるものである、というだけことです。 全体からみれば障害の数は微々たるものかもしれません。「当局」はそれで いいわけです。「科学的」な研究では、被害が増加することは確かだが、「科 学的な」手法を用いて因果関係を探っても、「科学的」には、そういった因果 関係が立証できない、ということは、これまでの公害裁判の判決によくあるこ とです。因果関係が立証できないような被害は、もちろん賠償責任なんてのは ありません。当局側は感知するところではない、という姿勢が丸出しです。 ぼくは、このパンフレットの中で、この部分が一番恐ろしいと思います。 このような文章を書いて、被害の程度を「非科学的に過小に少なすぎる」書 き方をするばかりか、明らかに予想される被害者の数が少ないからといって、 「だから大したことはないのです」と言わんばかりの主張をしているこのパン フレットの依って立つ「科学」とは、いったいどういうものなのでしょうか? このパンフレットの筆者は、事故による放射線で癌にかかって死んだ人の立 場などは全く考慮していません。そればかりか、放射線で死ぬ人の数など、「 検出できないほど」微々たるものであり、つまり数千人ぐらい死んでも、別に 大したことはないじゃないかと書いてあるんです。これが「定量的」というこ との具体的な意味です。 ところが、死んだ人にとっては、100%の死なのです。 「個」から「全体」へと視点をシフトさせると、いろんなわけのわからない 問題が出てきます。ひところ問題になった公害の他、最近ではインフルエンザ の予防接種なんてのも、やはりそんな視点のシフトに起因する欺瞞が問題にな ってるわけですね。 どなたかがちょっと前に、今は「命が大事」と言ってる時じゃない、という ようなことを書いていたように思います(ログを取ってなかったもので、どな たがどういう文脈で書いていたのかわかりません。あるいはそんなことはだれ も書いていなかったのかもしれません。もし的外れだったらごめんなさい)。 しかし、「命が大事」という発想は、検出不可能な被害者の視点からの発想で す。科学という手法を使って、事実から真実の姿を浮彫りにすることは大切だ でしょう。ただし、その場合の「事実」とは、支配者の視点からの事実だけで あってはならないと思います。統計的な誤差に埋もれてしまった被害者は、統 計的には存在しないことになってしまいますが、「事実」としては厳然として 存在し続けるのです。 一見、このパンフレットは冷静で「科学的」であるかのように見えます。し かし、決してこのような「科学」は真理を探求する手段でも何でもありません。 ぼく自身、自称科学者の端くれなのですが、このように「科学」という道具を 悪用し、「非科学」があたかも「悪」であるかのような主張を読むと、とても 悲しく思います。 ・・・とまあ、こんなことを書いてはみましたが、おおむねこのパンフレッ トに書かれている内容は納得がいくものだと思います。ただ、初めの方にも書 いたように、だからと言って広瀬氏の主張が意味を失うものではないでしょう。 安田 #0008 reader 8812190845 みなさん原発の議論はなさらないのにこういった議論は お好きなようですね. やっぱりSIG−OP不在のネットはこんな風にただよ い続けるのでしょうか? これではまるで「愚か者の船」ですな. TOMMOMI