Gen00317 <放射線の危険度5>国際基準の見直し大詰めに

#0000 dando    8808082018


********************************************************
* 放射線被ばく者のがん死危険率、国際基準の見直し大詰め *
********************************************************
          87.12.23  夕刊 4頁 水曜科学 写図有 (全1700字)

  広島、長崎の原爆がもたらした人体への影響を洗い直し、放射線の本当の危
険度をつかむ原爆線量見直し作業が大詰めを迎えている。放射線影響研究所(
広島市、重松逸造理事長)が8月に発表した見直し第1報は「広島、長崎の被
爆者のがんによる死亡危険率は、国際放射線防護委員会(ICRP)が示して
いる4―6倍以上」との内容だった。これをうけて、イタリアのコモ市で9月
に開いた同委員会は「1977年に作った勧告を90年を目標に改訂する」と
の声明を出し、改訂作業に入った。その波紋と裏側にある問題点を追った。

 見直し第1報は、コモ会議でまず第1専門委員会にかけられた。ICRP主
委員会の田島英三・原子力安全委員が見直し作業の概要を講演した後、専門委
員でもある重松理事長らが加わって討議が進んだ。

 第1報の「4―6倍」は広島、長崎の被爆者が浴びた放射線量が新しい計算
(DS86)で10―40%減ったことをもとに、1950年から35年間の
観察期間中に、がんで亡くなった被爆者の数から計算したもの。しかし、がん
の発生は生涯にわたっているので、第1報はある推計方法でICRPの危険率
と比べられる数字もはじきだした。それによると、危険率はさらに高く「5.
5―12倍」にもなった。

 ICRPは、放射線によるがん発生の危険率をはじきだす根拠としてこれま
で、50年から25年間の長崎での観察結果を、そのまま一生分に拡大する単
純な推計法を採っていた。ところが、がんの種類によっては、高齢になるほど
発生が増えるらしいと分かってきた。だから25年間だけでは、がん発生を過
小評価してしまう。

 また白血病以外のがん発生数は、白血病の5倍とする「法則」を使って白血
病数を中心に推計していたが、これも見直し第1報では、5倍でなく13倍と
している。

 さらに、ICRPが計算のもとにしたデータには、がんの発生が多い広島の
データが除かれていた。広島は長崎に比べて中性子線が多い特殊な状態とされ
たためだが、DS86で「広島、長崎の間に中性子線量に差はない」と結論が
出た。最も基礎になるデータに大きな変動が生じたことになる。

 しかし、第1報には、体の各部位ごとの発がんデータなどが出ていない(同
研究所から続報として刊行中)。このためコモ会議は結局「見直し結果による
と、従来の推定被ばく線量値(T65D)に基づいた推計より広島、長崎のが
んの発生危険率は2倍になる」と指摘しただけで、A・C・アプトン・ニュー
ヨーク大環境保健研究所長を責任者にした作業部会を作り、89年初めまでに
改訂に必要な作業をまとめるよう指示し、終わった。

 ICRPが77年に勧告を出した後、米国科学アカデミーの「電離放射線の
生物学的影響に関する委員会」が「発がんの危険率はICRP以上」と報告、
食い違いが問題になった。アプトン所長は同委員会の現在の委員長でもある。
また、作業部会には国連科学委員会のメンバーも入っているので、次の改訂で
は国際的に権威があるとされる3機関の危険度評価が一本化されそうだ。

 田島さんは「ICRPの評価は一番低く見積もっているといえるので、次は
厳しくならざるをえないだろう」と考えている。12月に来日、広島市で記者
会見したD・ベニンソンICRP委員長も危険度が高まるとの見解を述べた。

 ICRPの危険率推計法は、実は全体が公開されていない。原爆線量見直し
によって従来の推計がどう変化するか、外部の研究者が計算しようとしても正
確にはできない。田島さん自身はできるだけ公開したい意向だが、委員の間か
ら「勧告を出す機関としての権威がなくなる」との反対がある。

 一方、日本の放射線行政のあり方も問われている。英国の放射線防護庁は、
見直しデータをもとに線量限度を3―5割に厳しくする勧告を出した。米国も
科学アカデミーの場で危険率を独自に評価する方針という。「米国と共同で放
射線影響研究所を運営している日本が、自国で得た貴重なデータを生かそうと
せず、ICRPに頼りっ切りなのはおかしい」と、重松さんは感じている。唯
一の被爆国として、独自の判断があっていいのではないかというのだ。

<放射線によってがんで死ぬ危険率評価の比較>

           (百万人レム当たりの死者数)
 国際放射線防護委員会・・・・・・・・・・・およそ100人
 国連科学委員会・・・・・・・・・・・・・・75−175人
 米国科学アカデミー・・・・・・・・・・・・10−501人
               (多数意見は77−226人)

 放射線影響研究所(1987年)・・・・550−1200人